中東かわら版

№119 サウジアラビア:レバノンを巡る緊張の高まり

 11月4日、外遊のためサウジ訪問中だったレバノンのサアド・ハリーリー首相は、サウジ国内から突如として辞任を発表した。ハリーリー首相は、父親のラフィーク・ハリーリー元首相が暗殺されたときと同様の状況が現在発生しており、自身を狙う暗殺計画があることを辞任の理由としている。辞任演説では暗殺を計画している主体について直接的な言及はなかったものの、イランによる地域への介入、そしてヒズブッラーが武力によりレバノン政治に影響を与えていることを強く批判した。

 イラン外務省は、ハリーリー首相の辞任はトランプ米大統領とサウジのムハンマド・サルマーン皇太子との間で調整されたものであり、レバノンと周辺地域に緊張を生み出すことを目指すものであると反論している。また、ヒズブッラーのナスルッラー書記長は、ハリーリーはサウジによって辞任させられたものであり、辞任演説の原稿はサウジが書いたものだと糾弾している。サウジのサブハーン湾岸担当国務相は、サウジがハリーリーに辞任するよう圧力をかけたという疑惑を否定した。

 サウジアラビアでは、11月4日に、イエメンのフーシー派が弾道ミサイルにより首都リヤードのキング・ハーリド国際空港を狙うという事態が発生している。弾道ミサイルは撃墜され、破片が首都郊外に落下したものの、負傷者は出なかった。フーシー派のミサイルはイランから密輸されたものであると主張するムハンマド・サルマーン皇太子は、同ミサイル攻撃はイランによる「戦争行為」であると、これまで以上に強い言葉でイランを批判した。また、サブハーン湾岸担当国務相は、レバノン政府はサウジに「宣戦布告」したものとして扱われるだろうと述べ、「レバノンは平和かヒズブッラーとの同盟かのいずれかを選ばなくてはならない」と主張した。

 11月9日、サウジアラビアは自国民に対し、レバノンからの退避勧告を発出した。UAE、クウェイトもこれに続き、退避勧告を発出している。

 

評価

 サウジ政府が「戦争行為」や「宣戦布告」といった軍事用語を用いていること、そしてレバノンで退避勧告を発出したことは、サウジによるレバノンへの軍事介入を示唆するものではないかと訝しむ声が上がっている。11月4日のフーシー派によるリヤードへの弾道ミサイル攻撃は、サウジ国内でイランに対して何らかの報復を実施するべきであるという論調を生み出しつつある。イエメンに対しては既に空爆が実施されており、イランを直接攻撃することは国家間戦争を誘引する危険性が高いことを考えれば、レバノンのヒズブッラーは新たな攻撃の標的とされる可能性が高い対象と言えるだろう。

 他方、サウジアラビアはイランによる武器の移転について、国連安保理に適切な措置を講じるよう8日に要請したところでもある。イラン強硬派として知られる米国のヘイリー国連大使はサウジに同調し、国連がイランに対して必要な行動を起こすことを呼びかけている。外交によりイラン包囲網が実現に向かうのであれば、サウジが単独でレバノン介入を進めていく動機は弱くなる。

 もっとも、イエメンと異なり、国境を接していないレバノンにサウジが直接軍事介入することは困難である。対イラン、対ヒズブッラーではサウジと戦略的な利害を一致させるイスラエルにしても、サウジがヒズブッラーとの緊張関係をいたずらに高めることは、自国の安全保障に否定的な影響を与えかねないため、サウジにも慎重な対応を求めていくだろう。中東和平問題を担当するクシュナー米大統領上級顧問は10月末に秘密裏にサウジを訪問し、ムハンマド・サルマーン皇太子と協議を重ねたことが明らかにされているが、クシュナーを仲介にしてサウジ・イスラエル間で調整が進められているという見方もある。他方、ヒズブッラーを軍事的に打倒することが困難であることはイスラエルがもっともよく理解している。サウジがヒズブッラーに対して冒険主義的な行動に出ることへの支持は容易には集まらないだろう。

 9日夜には、フランスのマクロン大統領がサウジに到着した。これまでレバノン問題で協調してきた両国が、現下のレバノン情勢についてどのようなイニシアティブを発揮するかが、焦点になると思われる。

(研究員 村上 拓哉)

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