中東かわら版

№77 アフガニスタン:犠牲祭に際する声明の発出

 2019年8月8日、アーホンドザーダ・ターリバーン指導者はイード・アル=アドハー(犠牲祭)に際する声明を発出した。その大意は以下の通りである。

 ●信心深き国民よ、昨今、敵による空爆、夜襲作戦、人民の殺人や拷問、居宅・モスク・学校・病院の破壊が増加している。敵は混乱し恐れおののき、このような行動に出ているのみであり、全く恐るるに足らない。「イスラーム首長国」のムジャーヒディーンは、神のご加護と人民による支持により、軍事と政治の両面において勝利と成功の段階に至っている

●政治面においては、「イスラーム首長国」は地域及び国際社会との関係を拡大しており、自らの政策を説明し、これらの国々から相互の理解と信頼を得ている。こうした進展により、「イスラーム統治」の実現、外国の「占領者」の撤退について意見を同じくしており、18年間の戦いにも支援を得られている。

●信心深き国民よ、聖戦を行おうとも、交渉を進めようとも、どちらも目標はアフガニスタンにおける「占領」の終焉と「イスラーム統治」の実現であることに変わりはない。開発プロジェクト、NGO活動の保護、国民の財産なども、目標の一部である。

●アメリカの責任者よ、過去18年間に行われた幾多の軍事戦略の失敗はもう充分であり、平和な解決策を探すべきである。現在、交渉プロセスが進んでいるが、「イスラーム首長国」はカタル政治事務所の下、副指導者と強力な交渉チームにより真剣に取り組んでいる。貴方も正直に取り組まなければならない

●今年の犠牲祭は、アフガニスタンの独立記念日であるアサド月28日(8月19日)の目前で、英国から独立して100年である。この機会に、先人たちが聖戦を通じて独立を勝ち取った過去の教訓を学ぶ必要がある。

評価

 ターリバーンが犠牲祭に際して声明を発出することは毎年の恒例であり、それ自体は珍しいことではない。しかし、今回の声明にはこれまでと異なる点と着目点がある。

 第一に、カタルで進行中の米国との和平プロセスについて言及がなされていることは、これまでには見られなかった傾向である。例えば、本年4月12日に発出された春季攻勢宣言においては、和平に関する言及はほとんど見られなかった(『イスラーム過激派モニター』2019年1号)。その後、6月1日付断食明けの祭に際する声明では、和平に対する姿勢を声明の中で示しており、今次声明ではアメリカに対して真摯に対話に臨むよう呼びかけている。次第に、ターリバーンが和平に向けた本気度を高めている様子が窺える。

 第二に、ターリバーン自らが、目標達成の手段として「軍事攻勢」と「政治攻勢」を示している点は、彼らの行動を理解する上で有益である。「軍事攻勢」面では、7月1日にカブールの国防省兵站・工兵施設を狙った複合攻撃(1人死亡、116人負傷。『中東かわら版』No.58参照。)や、8月7日のカブール第6区の警察署を標的とした自動車積載型爆弾の爆破攻撃(14人死亡、145人負傷)の発生などを見てもわかるとおり、ターリバーンは手を緩めていないばかりか、むしろ強めている。いずれの事件も、カタルで米国・ターリバーン間の協議が進行中の最中に実行されていることから、ターリバーンが「軍事攻勢」は和平交渉を有利に進める上での重要な道具と認識しているものと考えられる。また、「政治攻勢」面では、ターリバーンは諸外国との関係強化に余念がない。2018年8月にハリールザードが米国和解担当特別代表に任命されて以降、本日までにカタルで8回に亘って米国と協議を持っており、米軍撤退とテロ対策を主眼とした「取引」が近く成立する可能性が取り沙汰されている。また、本年1月にテヘラン、2月5・6日に「アフガニスタン人同士の対話」に参加するためモスクワ、5月28・29日に再度モスクワ、6月に北京、7月にジャカルタ、8月にタシュケント(ウズベキスタン)を訪問するなど、積極的な対外活動を展開している。これらを通じて、ターリバーンは自らの政治的ステイタスの向上を図ろうとしている可能性がある。

 第三に、「占領」の終焉と、「イスラーム統治」の実現が、ターリバーンの目標であるとの認識が改めて繰り返し示された点は特記すべきであろう。これは、ターリバーンが「占領者」と見做す米国・同盟国の撤退が、彼らにとって非常に大きな戦果になるということを意味している。一方で、ターリバーンが「イスラーム統治」を以て何を意味するのかは必ずしも明らかではないが、現在行われてるガニー政権による統治とは相容れないものである可能性は高い。このため、近い将来に米国・ターリバーン間の「取引」が仮に成立したとしても、ターリバーンが米国の「傀儡」と見做すガニー政権と直接交渉に入るのか、その場合、交渉に妥協の余地があるのかについては、楽観視出来ないのが実情である。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「カタル:米国とターリバーンの2019年3回目となる和平交渉開始」『中東かわら版』No.56

・「アフガニスタン:カブール等での爆破事件の発生」『中東かわら版』No.58

<イスラーム過激派モニター>(会員限定)

・「ターリバーンが2019年の攻勢開始を宣言」(「2019年1号」)

 

(研究員 青木 健太)

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