中東かわら版

№123 トルコ:シリア北部の軍事作戦に関しロシアと合意

  

 2019年10月22日、エルドアン大統領はロシアのソチで、プーチン大統領と会談した。両首脳は、トルコが展開するシリア北部での軍事作戦について意見交換を行い、クルド系武装組織の人民防衛隊(YPG)を中心とする、シリア民主軍(SDF)をトルコとの国境地帯から排除することなど、10項目で合意した。同合意について、プーチン大統領が「決定的ではないにしても非常に重要」と評したのに対し、エルドアン大統領は「歴史的」であると述べた

 

 以下に、合意の重要な点について要約する。

 

【トルコ・ロシア合意(抜粋)】

・SDFは、10月23日の正午から150時間以内にシリアの北東国境のほぼ全域となる部分から、ユーフラテス川、イラク国境地帯まで撤退する。

・ロシア軍とシリア政府軍は、SDFが国境地域から30キロまで撤退することを保証する。

・150時間の有効期限終了後の10月29日以降は、トルコ・ロシア両軍が、国境沿い10キロ幅の共同パトロールを開始する。

・両国は、アダナ合意の重要性を再確認し、ロシアはアダナ合意の実施を促進する。

 

  ロシアからの帰路、エルドアン大統領は報道陣に対し、「我々は占領軍ではない。ここの本当の所有者はトルコにいる360万人の難民である。彼らが自発的に戻りたいと思えば、自分たちの土地で生活を続けることができる」とし、トルコ軍のシリア北東部での駐留はそう長くはないとの見通しを示した。

 軍事作戦を巡る対米関係の悪化の問題も、解決の方向で動いている。トルコ・ロシア首脳会談に先立つ10月17日、米国のペンス副大統領は、ポンペオ国務長官、オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジェフリー国務省シリア担当特別代表を伴ってトルコを訪問した。エルドアン大統領と5時間にわたり実施された会談において、トルコがシリア北部で展開する「平和の泉」作戦を120時間(5日)一時停止し、この間にYPGが安全地帯から撤退することを許可することなどで合意した。また、恒久的に軍事攻撃の可能性がなくなれば、10月14日に米国が発動したトルコへの経済制裁は解除することでも一致していた。そして、10月23日、本合意をもってこの目的が達せられたものとして、トランプ大統領は対トルコ制裁の全面解除を発表している。   

 

評価

  

 今般のトルコ軍によるシリアへの軍事進攻は、ロシアとの合意で一応の決着がつきそうだ。150時間以内にクルド勢力が予定通り撤退することが最低条件ではあるが、これが履行されれば、トルコにとっての安全保障上の脅威は取り除かれることとなる。軍事進攻直後から、トルコにシリアへの影響力拡大やクルド人虐殺の意図があるような報道もあったが、実際のところトルコにその目的はない(詳細は『中東かわら版2019』No.114を参照)。たしかに、今次軍事作戦により、子供を含む民間人に多数の犠牲が出たことは事実である。しかし、これはあくまでもYPGを中心とするクルド系武装組織の掃討を目的としたものであった。もし、侵略や虐殺を意図した作戦だったのであれば、犠牲者はさらに増えていたことだろう。

 また、トルコが軍事作戦実行にあたり、水面下で関係国と緊密に連絡を取っていたことは間違いない。国際社会の反発を最低限にとどめたいトルコは、問題の長期化を避けるために、計画段階からロシアやイランと連携し、実行後も米国との交渉などをスムーズに実現させている。

 一方で、本合意によって光が見えてきてはいるものの、トルコが抱える課題は山積している。一つは難民問題である。トルコが主張するとおりに安全地帯が機能するかは不透明だからである。また、SDFが拘束、管理していた「イスラーム国」の戦闘員やその家族をどう処遇するのかも大きな課題である。さらに、本攻撃でクルド系武装組織は弱体化させられたものの、トルコがYPGと同一視するクルディスタン労働者党(PKK)の支持者らによるトルコ国内でのテロ活動も懸念される。

 外交関係では、軍事攻撃を強行したことにより欧米、特に欧州との溝が一層深まっていることが大きな懸念材料となってしまった。欧州とは経済的な結びつきも強いため、トルコリラの低迷にあえぐエルドアン政権は、今後更に難しい局面に立たされることになると言えよう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

「トルコ:シリア北部での対クルド軍事作戦開始を宣言」『中東かわら版』No.112

 <講演会>

11月6日の中東情勢講演会 河原 一貴・中東第一課長「最近の中東情勢」において、今次軍事作戦を含む、最新の北アフリカ・東地中海情勢についてお話を伺う予定です。

 

(研究員 金子 真夕)

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