中東かわら版

№90 シリア:ホムスの軍士官学校への無人機攻撃で数百人が死傷

 2023年10月5日、ホムス市のシリア軍士官学校が無人機複数に攻撃された。当時、士官学校は学生の卒業式典が終了した直後で、卒業生や士官学校生の他、女性と子供を含む来賓が多数いたため、無人機攻撃により軍人・民間人数百人が死傷した。なお、式典にはアッバース国防相も出席していたが、同国防相は攻撃の直前に士官学校を離れていた。

 シリア軍は攻撃についての声明で、「周知の国際的諸当事者に支援された諸般のテロ組織が攻撃を行った。シリア軍は本件をかつてない犯罪行為とみなし、どこにいようともこれらのテロ組織に反撃する。この犯罪行為の計画者と実行者の罪を問う」と発表した。一方、反体制派の活動家たちや、これに与する「シリア人権監視団」は、事件はシリア軍内での派閥争いであるとの憶測を発信した。

 シリアの保健相によると、攻撃による死傷者は80人以上が死亡、240人が負傷したとのことだが、消息筋の話に基づく諸般の報道によると、100人以上が死亡、140人が負傷ともいわれている。

評価

 近年大規模な軍事行動がないとはいえ、シリアは依然として紛争下にあり、北西部のイドリブ県を中心とする一角はシャーム解放機構(シリアにおけるアル=カーイダ)、北東部のユーフラテス川左岸はアメリカ軍が支援するクルド民族主義勢力が占拠している。また、トルコとアメリカがシリア領の一角を占領し続けており、これらの地域は自称カリフをはじめとする「イスラーム国」の幹部や構成員とその家族の潜伏地、活動拠点となっている。一部報道では、攻撃の後にシリア軍がイドリブ県やアレッポ県で行った砲撃やミサイル攻撃を「報復」と形容しており、消息筋の中には今般の攻撃を契機に(特にイドリブ方面で)シリア軍が現状を変更するほどの攻勢に出る可能性を指摘するものもある。現時点で攻撃の実行者は不明だが、イドリブ方面での現状変更という政治的な反響を呼ぶ行動へと発展するならば、諸当事者にとって攻撃の実行者が何者かという問題はさしたる関心事ではなくなるだろう。

 一方、シリアの社会・経済状態は全般的に極めて悪く、水や電力の供給不足、物価の高騰、オリーブのような重要農産物の凶作のような悪条件に満ちている。こうした生活苦を背景に、南部のスワイダ県では8月下旬以来アサド大統領の退任を要求する抗議行動が連日続いている。また、10月1日のアンカラでの自爆攻撃事件を口実にトルコ軍がシリア領への攻撃を強化しており、これに対し攻撃を受けるクルド民族主義勢力を保護するアメリカ軍がトルコ軍の無人機を撃墜する事件も発生しており、シリアの軍事情勢の緊張が高まっている。トルコはシャーム解放機構や同派の庇護下にある諸般のテロ組織を保護する立場にあり、シリア軍がイドリブ方面で攻勢に出ることは、トルコとアメリカとの関係、トルコとクルド民族主義勢力との関係、トルコ軍のシリア領からの撤退を含む、シリア政府とトルコとの関係正常化の問題とも密接にかかわっている。以上に鑑みると、今般の攻撃を契機にシリア軍が大規模な攻勢に出るのは、トルコ、ロシア、イランなどの諸当事者との間に事前に連絡や調整がついているか、事後に相応の合意が得られる確証がある場合に限られるだろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP