中東かわら版

№91 アフガニスタン:パキスタン政府がアフガニスタン不法移民の国外退去方針を発表

 2023年10月3日、パキスタンのブグティ内相は、アフガニスタン不法移民の国外退去方針を発表した。同日付『Dawn』(パキスタン英字紙)によると、ブグティ内相は、「パキスタン人の安全と福祉の確保が最重要課題である」とし、「パキスタンに住む不法移民に対し、自発的帰還のための猶予を11月1日まで与える。さもなくば、国の法執行機関は彼らを強制送還する」と発言した。同内相によれば、パスポートとビザのみが有効な書類であり、それ以外の身分証明書での滞在は一切認められないことになる。また、同内相は、現在、パキスタンにはアフガニスタン不法移民が173万人いると述べた他、2023年1月以降パキスタンで発生した自爆攻撃24件の内、14件はアフガニスタン人によってなされたものだとも発言した。

 こうした事態を受けて、ターリバーンのムジャーヒド報道官は4日、今次措置は到底受け入れられない、アフガニスタン難民はパキスタンの治安問題に関与していない、と反論する声明を発出した。また、ターリバーンのヤクーブ国防相代行は5日、今次措置を批判した上で、二国間関係を損なうものだとして、パキスタン政府に対してアフガニスタン難民に対する暴力的な行為を中止するよう呼びかけた。

 

評価

 最近、パキスタン国内では、北西部チトラールでの交戦(9月7日、武装勢力12人死亡・国軍兵士4人死亡)、南西部バロチスターン州での自爆攻撃(9月29日、市民50人以上死亡)等に見られるように、治安悪化の傾向が顕著である。ブグティ内相の発言からは、パキスタンが、これらの治安事案の背後にアフガニスタン人の存在があると疑っている様子が窺える。

 他方、実際のところ、パキスタンに住むアフガニスタン移民・難民の多くは、ソ連侵攻(1979年)やその後の内戦を受けて逃れた者や、ターリバーン復権(2021年)を受けて迫害を恐れて脱出した者等がほとんどであり、パキスタン側が今次措置を講じる目的は別にあると考えられる。近年、パキスタンはターリバーンに対して、パキスタン・ターリバーン運動(TTP)に安息地を提供しないよう繰り返し要求してきた。このような経緯に鑑みれば、今次措置はターリバーンに対して圧力をかけることを目的としているのかもしれない。実際、パキスタン当局によるアフガニスタン移民・難民の拘束事案が急増したのは、今年に入ってからである。しかし、パキスタン側の要求にもかかわらず、ターリバーンはTTPとの関係を維持している模様である。この点、ターリバーンによるTTPへの今後の対応次第で、パキスタン側の対応が変化する可能性があろう。

 また、今次措置を計画通り履行する上では、他にも課題が多い。パキスタンに住むアフガニスタン移民・難民の中には、1980年代から暮らす者も多く、パキスタン社会の中で生活の基盤を築いている例が多い。また、100万人以上に及ぶ不法移民を一斉に強制退去させるには、膨大な数の治安要員、兵站能力、その他資機材を要する。加えて、アフガニスタン移民・難民の中には旧政権の公務員・国軍兵士等、ターリバーン統治下のアフガニスタンに戻れば深刻な政治的迫害のリスクに直面する者も多く、人道上の懸念も存在する。原則的に、難民の帰還は自発的であることが望ましいともされ、国際機関や人権団体から措置の撤回を求める声が上がることも予想される。

 このように、具体的な措置の履行には課題が多く、先行きは不透明な状況である。それでも、アフガニスタン難民170万人超が強制送還の危機に晒されている事実に変わりはなく、その影響は非常に大きい。今後、パキスタンが対話を通じて態度を軟化させるのか、あるいは仮に強行するのであれば、アフガニスタン側でターリバーンは帰国者に対して難民キャンプを整備するなど適切な対応を講じられるのかといった点が焦点となるだろう。もし、ターリバーンにそれだけの資金的裏付けや能力がないのであれば、日本政府を含む諸外国が、国連専門機関やNGO等と連携しつつ、多額の資金拠出を含めた支援を行う必要性が生じる可能性もある。

 

【参考】

「アフガニスタン:パキスタンとのトルハム国境が封鎖、両国間の緊張が高まる」『中東かわら版』No.79。

「アフガニスタン:パキスタン国防相がカーブルを訪問しテロ対策について協議」『中東かわら版』2022年度No.149。

(研究主幹 青木 健太)

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