中東かわら版

№171 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#16――ラファフ攻撃と人質解放

 イスラエル軍は、ハーン・ユーニスをほぼ制圧し、南端のラファフに迫りつつある。しかし、ラファフ攻撃は、国境を接するエジプト、南端に追い詰められた避難民、さらには人質問題も絡み、ガザ戦争での山場の一つになりつつある。

 地上戦では、2月1日、ガラント国防相がラファフ攻撃に言及し、その後、ラファフへの空爆が強化された。7日、ネタニヤフ首相は、イスラエル軍に対して、2つの計画(ラファフ攻撃と住民の避難のための人道回廊設置)の立案を指示したと発表した。米国、EU、アラブ諸国、国連は、住民と避難民であふれるラファフ周辺への攻撃への懸念を強め、攻撃停止を要請している。11日、バイデン大統領は、ネタニヤフ首相との電話会談で、避難民らの安全確保のための具体的計画作成を求めた。エジプトは、避難民の自国への流入を警戒して、ラファフ攻撃に反対している。

 人質解放交渉では、交渉の前提となる枠組をめぐる話し合いが継続されている。1月28日、イスラエルが人質解放に関する提案をカタルとエジプト経由でハマースに伝えた。6日、ハマースは同提案に返答した。7日、イスラエルを訪問中のブリンケン国務長官は、ネタニヤフ首相とハマースの返答についても協議した。会談後、二人は別々に記者会見し、ネタニヤフ首相は、「妄想的な要求」だとしてハマース提案を拒否した。他方、ブリンケン国務長官は、「明らかに受け入れられない部分もあるが、合意できる余地はある」と述べた。報道では、イスラエルは、ハマースに、提案した条件は拒否するが、協議を続ける意思はあると伝えた。イスラエル側は、ハマースが過剰な要求を取り下げるのであれば、交渉団をカイロに派遣する構えだ。ハマースの提案内容は公にされていないが、報道では、45日単位で3段階で構成され、人質解放と囚人釈放を実施し、最終的には恒久的休戦とイスラエル軍のガザ撤退を行う。こうした中、11日未明、イスラエル軍・警察は、ラファフで人質2人を救出した。人質の武力救出は、2回目、計3人が解放されている。

 外交面での動きでは、ブリンケン国務長官が、2月4~8日の日程で湾岸諸国、エジプト、イスラエル、パレスチナ(西岸)を歴訪した。同長官の中東歴訪は、ガザ戦争開始後、5回目となる。ガザ戦争及びその後の対応をめぐるイスラエルと米国の乖離は、さらに拡大し、米国は、イスラエルに対する不満を公に表明し始めた。ブリンケン国務長官は7日、ネタニヤフ首相と会談した後の記者会見で、ハマースの市民殺害で、イスラエル人は、非人間的扱いを受けたが、そのことで、イスラエルが他の人を非人間的に扱うライセンスを得たわけではないと明言した。8日には、バイデン大統領が、記者の質問に答えて、イスラエルのガザ攻撃は、「やりすぎ」だと発言している。一方、ネタニヤフ首相は、「完全勝利までガザ攻撃を継続する」「完全な勝利は、近い」などとの国内の支持者向けの勇ましい発言をしつつ、米国が求める戦略的な政治決断を避けている。バイデン政権側では、ネタニヤフ首相への不信感が増大しており、2月1日にバイデン大統領は、西岸の入植者4人に対する経済制裁を発表した。

 

評価

 イスラエルのガザ戦争及び戦後の戦略が、依然、確定されていない。2月5日、ガラント国防相は、ガザでのイスラエル軍の軍事的成果を無駄にしないために、ハマース後のガザ統治に関する対応を決めるようネタニヤフ首相に求めた。同相の要請は、これが2回目である。また2月はじめの戦争閣議で、ラファフ攻撃が議論された際、参謀総長は、避難した住民対策と国境沿いの地域(フィラデルフィア回廊)の管理に関する政治判断を求めたが、判断は先送りされたようだ。ネタニヤフ首相は、「ガザでの完全勝利は近い」など勇ましい発言を繰り返しているが、閣内の極右政党の反発を恐れて、ガザ戦争及び戦後の戦略についての決断を先送りしている。米国のメディアによれば、バイデン政権のネタニヤフ首相不信・不満は、最高潮に達しつつある。

 エジプトが、イスラエル軍のラファフ攻撃について警戒するのは、大量の避難民の流入とそれに伴う混乱である。戦闘から逃げた避難民が、偶発的であれエジプト側に流入するかもしれない。また南に追い詰められた避難民の中には、ガザの未来に絶望し、機会があれば、エジプト側に逃げようと考えている人がいても不思議ではない。またイスラエル軍が、故意にではないとしても、結果的に、避難民がエジプト側に逃げるような作戦を行う可能性はゼロではない。ハマースが、住民に越境を強いて混乱を生み出し、その間にエジプト側に逃亡する可能性もある。理由は何であれ、ガザ住民がエジプト側に流出した場合、イスラエル側が、ガザ帰還を妨害するかもしれない。その場合は、新たな難民問題が生まれる。100万人以上の避難民が、国境地帯に押し込まれ、そこが戦場になる場合、混乱は不可避だろう。

 エジプトは、ガザとの国境地帯で混乱が生まれた場合、状況によっては、イスラエルとの和平条約を凍結する構えを見せている。イスラエルにとって、最大の潜在的脅威国は、昔も今も、隣国のエジプトである。エジプトとの和平は、イスラエル軍の防衛戦略の根幹である。そのためイスラエル軍にとって、ラファフ制圧は、エジプトとの和平条約を犠牲にして実施する価値がないのは明白であるが、他方、武器密輸を阻止するためには、国境付近にあるトンネル破壊などの措置を取る必要がある。ラファフ攻撃では、エジプトとの調整は不可避であるが、まだその作業は終了していない。

 人質解放交渉は、イスラエルもハマースも、継続したい意向のようだ。他方、ガザでは、イスラエル軍は、人質が拘束されている場所に接近しているか、すでに制圧下に置いている。イスラエルは、交渉を続けつつ、チャンスがあれば武力による人質解放作戦を実施するだろう。ハマースは、イスラエル軍がラファフに進行すれば、人質解放交渉は終わると警告している。他方、報道では、エジプトは、ハマースに2週間以内に人質解放交渉で合意が成立しない場合、ラファフでの地上戦が開始されると警告した。人質解放交渉とイスラエル軍のラファフ攻撃は、リンクしている。イスラエルでは、人質全員解放とハマース壊滅のどちらを優先するかで世論は、ほぼ二分されている。人質解放につながるのは、ハマースに対する軍事的圧力か、あるいは休戦・停戦かでの対立もある。イスラエルは、この対立をかかえたまま、人質解放交渉と武力による人質救出作戦を同時進行で進めるようだ。

(協力研究員 中島 勇)

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