中東かわら版

№1 シリア:イスラエルがダマスカス市内のイラン領事館を爆撃

  2024年4月1日、シリアの軍事筋は17時ごろ敵対者イスラエルがゴラン高原被占領地方面からダマスカス市内のイラン領事館庁舎を航空攻撃し、防空軍がミサイルの一部を迎撃したと述べた。同筋によると、攻撃により庁舎が全壊し中にいた者が死傷した。シリアのミクダード外相は攻撃現場を訪問するとともにイランのアブドゥルラヒヤーン外相と電話会談し、攻撃を非難するとともにイラン・イスラーム共和国を支持するシリアの立場を伝えた。また、ミクダード外相は、諸般の攻撃はガザでのパレスチナ人民に対する戦争で失敗したシオニスト政体のヒステリー状態を示しており、今やイスラエルは民間人も、国際法で保護された外交団も区別しなくなったと指摘した。

 今回の攻撃により、イランの革命防衛隊の幹部7人が殺害された模様だが、その中には革命防衛隊で対外活動を担当するエルサレム軍団のシリア・レバノン方面のムハンマド・ラザー・ザーヒディー司令官、副司令官のハージー・ラヒーミー准将が含まれる。イランのフサイン・アクバリー駐シリア大使は攻撃について、複数のF-35戦闘機によって行われたと指摘したうえで、攻撃に対し断固反撃すると述べた。

 なお、攻撃については、UAE、カタル、オマーン、ヨルダン、イラクなどのアラブ諸国がこれを非難する声明を発表した。また、ハマース、ヒズブッラー、アンサールッラー、イラクの民兵諸派も攻撃を非難したり、反撃を示唆したりする声明を発表した。

評価

 過去数カ月、イスラエルによるシリアへの攻撃は一段と激化している。シリア紛争の勃発後イスラエルによるシリア領への攻撃は日常化しているが、去る3月だけでも12日、17日、19日、29日、31日に少なくとも6件の攻撃が行われ、29日のアレッポ方面への爆撃はヒズブッラーの武器庫を攻撃したものと称されつつも、イドリブ県を占拠するイスラーム過激派による攻撃作戦と連動するものだった。また、26日にはアメリカ軍が実行したと思われるダイル・ザウル県の複数箇所への空爆も発生しており、シリア領への攻撃や同地での革命防衛隊、ヒズブッラーなどの活動が2023年10月以来のパレスチナや南レバノンでの紛争に伴うものではなく、より広域的なイスラエル・アメリカと「抵抗の枢軸」との軍事・外交上の対峙の文脈で進行していることは明らかだ。

 今般の攻撃ではシリアの防空軍が攻撃を迎撃してミサイルの一部を撃墜したと主張したが、それにもかかわらず攻撃対象である領事館庁舎は全壊し、中にいた重要人物がことごとく殺害されている。このことは、シリアやイランによる防空能力は攻撃の防止にも抑止にも実質的に役立っておらず、イスラエルは時も場も選ばすシリア領内で望む対象を攻撃できるほど両者の軍事力に差があることを示している。攻撃されたイラン領事館庁舎はダマスカス市内の著名な大通りに面して立地しており、これがラマダーン月の日没直前の交通量の多い時間帯に全壊させた攻撃は、イスラエルがシリアやイランの無力を衆目にさらすことをも意図したものといえる。

 イランとしては事態を座視することはできず、何らかの反撃をせざるを得ない状況ではあるが、上述の通りイスラエルと同国を支援するアメリカとの間の圧倒的な実力差に鑑みれば、「反撃」として講じることができる手段はほとんどない。過去にも同様の局面で「イラクのイスラーム抵抗運動」を称する民兵がイラクやシリアでアメリカ軍の施設を攻撃したり、イスラエルの港湾施設などを攻撃したりした事例がある。ただし、こうした攻撃によりアメリカ軍の人員が死傷した場合はさらなる軍事行動を招くことになる。また、イスラエルの大都市や重要経済施設に大打撃を与えるような軍事行動は、長年イスラエル・アメリカ側と「抵抗の枢軸」陣営との間の対立を経て形成された「交戦規定」に鑑みれば「ルール違反」となされる可能性が高い。「抵抗の枢軸」陣営はこれまでの戦闘で自らが最初に「ルール違反」を犯した主体とみなされうるような行為を慎重に避け続けてきた。今般の攻撃を含む最近のイスラエルによるシリア領への攻撃を「抵抗の枢軸」陣営以外の世論も「ルール違反」とみなすような論調が広がらない限り、イランなどが講じる「反撃」は量も質もごく限られたものとなるだろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

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