中東かわら版

№23 イラン:インドとチャーバハール港の運営・開発に関わる10年間の協定に合意

 2024年5月13日、イランの港湾海事局(PMO)はインド港湾グローバル会社(IPGL)との間で、チャーバハール港の運営・開発に関わる10年間の協定に合意した。チャーバハール港とは、イラン南東部シースターン・バルーチスターン州にある深水港である。同協定には、IPGLによるシャヒード・ベヘシュティー埠頭(注:チャーバハール港にはシャヒード・ベヘシュティー埠頭とシャヒード・カラーンタリー埠頭の2つがある)の10年間の運営権取得、1億2000万ドルの投資、及び、2億5000万ドルの融資が含まれている。署名式に出席したインドのソノワル港湾・海運・水路相は、チャーバハール港は、インドとアフガニスタン及び中央アジア諸国とを結ぶ重要な港だと強調した。

 同日、アブドゥルラヒヤーン外相はソノワル港湾・海運・水路相との会談において、イランはインドとの「戦略的関係」を求めていると述べた他、今次合意はチャーバハール港のみならず国際南北輸送回廊(INSTC)整備における関係の発展にも資すると述べた。

 こうした中、米国務省のパテル副報道官は14日、イランとビジネス取引を行う全ての組織・個人は経済制裁を科されるリスクがあることをインドは理解しなければならない、と発言した。

 

評価

 2016年にイラン・アフガニスタンとの間でチャーバハール港開発の推進に合意して以降、インドは同港の開発に積極的に関与してきた。インドは、2018年2月にはシャヒード・ベヘシュティー埠頭の運営権を18カ月取得し、それ以降も更新を続けてきた。そして、今次協定によって、10年間の運営権の獲得に至った。インドの視点からみると、北東部を峻険なヒマラヤ山脈で塞がれ、西側に位置するパキスタンがインド発物資の経由を拒否する中、チャーバハール港は自国をアフガニスタン及び中央アジア諸国に連結させる戦略的重要性を持つ港である。INSTCとも接続できることから、欧州を見据えた貿易、及び、スエズ運河ルートが使用できないなど有事の際の代替輸送路としての利用等も見込める。今次協定は10年間にわたるプレゼンスを認めるものであることから、インドのチャーバハール港開発に対する本気度を示したといえる。

 他方、今次協定に至る両国間の交渉は決して容易ではなかったとみられる。その主な要因はインド側にあると考えられ、1つ目には、2021年8月に発生したアフガニスタンにおけるターリバーンの復権が挙げられる。インドは30億ドル以上の民生支援を行うなど崩壊したイスラーム共和国政権側を一貫して支持していた経緯から、ターリバーンとの対話手段をほとんど持っていなかった。インドのチャーバハール港開発の目的の一つはアフガニスタンとの交易であることから、ターリバーン復権はインドに対して戦略の再考を迫るものだっただろう。2つ目の要因は、シースターン・バルーチスターン州における治安悪化である。本年4月には、スンナ派過激主義組織ジェイシュ・アル=アドルが同州の治安機関の基地等を襲撃し多数の死傷者を出すなどしていた。これらはインドのチャーバハール港開発への関与を抑制する要因となり得た。結果として、インドはイランと今次協定に至ったが、これらの課題が克服されたわけではない点に留意が要る。

 また、中国が中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の玄関口としてグワーダル港(注:チャーバハール港の東方約160kmに位置する)の開発に注力してきたことから、今次の動きをインドによる中国への牽制とみる向きもある。インドがチャーバハール港開発に関わる背景を、印中間の競争の文脈から理解することはある程度理に適ってはいる。しかし、当事者であるイランの視点からすると、むしろイランは別の狙いを念頭にチャーバハール港開発に取り組んでいるとみられる。チャーバハール港は、ホルムズ海峡以東にある良港であるため、同港が整備されれば、有事の際にもイランは円滑に物資の出し入れをすることができる。イランはこれまで比較的開発が遅れてきたシースターン・バルーチスターン州の発展といった国内的背景も重視していると考えられる。

 このようにイランは、オマーン湾に接するモクラーン海岸開発を戦略的且つ国内的理由から重視しているとみられ、将来、中国など、インド以外の国から投資がなされる可能性も充分あるだろう。

 なお、港湾整備の過程で、地元民バルーチ人の権利保護を主張するジェイシュ・アル=アドル等の武装勢力が外国権益への妨害に及ばないかが懸念される。同地で働く外国人労働者が標的にされないか、といった治安面にも目配りする必要があろう。

 

【参考情報】

「イラン:ジェイシュ・アル・アドルが南東部シースターン・バローチスターン州の革命防衛隊基地等を襲撃」『中東かわら版』2024年度No.7、2024年4月5日。

「イラン:インドがチャーバハール港の暫定的な管理権を持つことで合意」『中東かわら版』2017年度No.169、2018年2月19日。

「イラン:インド、アフガニスタンとチャーバハール港の開発で合意」『中東かわら版』2016年度No.27、2016年5月24日。

(研究主幹 青木 健太)

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