中東かわら版

№25 イラン:ライーシー大統領らが搭乗するヘリコプターが不時着、死亡が発表

 2024年5月19日、ライーシー大統領らの搭乗するヘリコプターが北部の山間部に不時着した。イラン国内メディアは20日、現場の状況確認を経て搭乗者が生存する兆候はないと伝えた後、同大統領らは殉教したと一斉に報じた。

 今次事案は、ライーシー大統領が隣国アゼルバイジャンでダム竣工式に出席した帰路に発生したもので、ヘリコプターはイラン領内に位置する東アゼルバイジャン州内の険しい山間部に不時着した。当時、現場付近上空は濃霧で視界不良だったと報じられている。同乗者には、アブドゥルラヒヤーン外相、ラフマティー東アゼルバイジャン州知事、ハーシェム・タブリーズ金曜礼拝導師等が含まれていた。

 今次事故の一報後、モフベル第一副大統領を議長とする緊急閣議が開催され、エイノッラーヒー保健・治療・医療教育相、及び、マンスーリー行政担当副大統領に現場で対応に当たるよう指示が下された。また、ワヒーディー内相の指示の下、即応捜索チームが現場に派遣され、イラン赤新月社の送り出した数十チームが悪天候に鑑み地上で捜索に当たった。国家最高安全保障会議の緊急会合も開催され、同会議にハーメネイー最高指導者が出席したとの報道もある。

 19日、ハーメネイー最高指導者は革命防衛隊関係者の前の演説で、イラン国民はライーシー大統領の無事の帰還を祈っている、国政に影響はないので心配しないようにと呼びかけた。

 こうした中、諸外国は連帯の意を示すとともに、具体的な協力を申し出ている。ロシアが救急支援チームを派遣することを決定した他、トルコは現場上空にドローンを飛ばし、撮影したライブ映像を当局者に届けることで協力した。

 

評価

 ライーシー大統領は、1960年ホラサーネ・ラザヴィー州マシュハド生まれの63歳で、2021年より大統領を務める保守強硬派の人物である。過去、司法府第一副長官(2004-2014)、検事総長(2014-2016)、マシュハド・イマーム・レザー廟管財人(2016-2019)、司法府長官(2019-2021)等、主に司法分野の要職を歴任してきた。2017年に大統領選挙で敗退した後、2021年大統領選挙に再出馬し、62%の票を得て当選を果たした。同選挙では事前の資格審査でラーリージャーニー国会議長やジャハーンギーリー第一副大統領等の有力候補が軒並み失格とされたことから、ライーシーを体制指導部の意中の次期最高指導者候補とする説が有力であった。1988年テヘラン次長検事時代、政治犯の粛正を決定する委員会メンバー4人の内の1人に名を連ねたため、大量の政治犯処刑に関わった嫌疑も向けられていた。

 今次事案は、濃霧や降雨という天候不良によるものと伝えられる。実際、映像を確認する限り、現場付近は深い霧に覆われており、雪交じりの雨が降っている様子がみられる。こうした中、悪天候の中でもヘリコプター移動を決行したイランの要人安全対策に不備がなかったのかは、争点の一つになる可能性がある。また、イラン政府高官を載せたヘリコプター3機の内、大統領搭乗の1機のみが事故に遭い、他の2機は無事に着陸したことをもって、誰かが故意に起こした事件だとする憶測もないではない。

 憲法第131条規定によれば、大統領が死亡した場合、最高指導者の同意の下で第一副大統領が暫定大統領となる。今回の場合、モフベル第一副大統領が該当する。そして、国会議長、司法府長官、及び、第一副大統領から成る共同評議会が、最大50日以内に新大統領を選抜するための調整をすることになる(注:1981年にラジャーイー大統領が暗殺された際、選挙を経てハーメネイーが大統領に選出されたことがある)。

 イランにおいては、大統領は行政長との位置づけであり、実質的な最高権力者は最高指導者である。このため、今回の不測の事態により大統領が交代しても、移行期間はあれど、行政自体はこれまでと大差なく進むものと考えられる。他方、前述の通り、ライーシー大統領は次期最高指導者候補と目されてきた経緯がある。ハーメネイー最高指導者が高齢となる中、円滑な体制移行プロセスにおいて中心的役割を演じる人物だった。したがって、今次事件は体制指導部に権力移行シナリオの再考を迫るものだ。将来を見据え、権力闘争が激しさを増す恐れがあるだろう。

 また、イラン内政への影響に加えて、今次事案が中東地域情勢に如何なる影響を与えるのかも検討される必要がある。イランとしては、脆弱な権力移行期を如何に大過なくやり過ごすかが当面の重要課題となる。事案発生直後から、サウジアラビアを始め周辺アラブ諸国は、深刻な懸念をもって今次事案を注視しており、イランに寄り添うとの立場を明確にしている。また、ロシアは救急支援チームの派遣を即座に決定するなどイラン支持の立場を明確にした。イラン外務省は20日、各国・機関が連帯の意を表したことに感謝するとの立場を示すなど、イスラエル等の特定の国を指弾することを避けているようだ。イランとしては、外国と非難合戦を繰り広げるのではなく、関係各国・機関との良好な関係を築き、付け入る隙を与えないよう腐心するだろう。

(研究主幹 青木 健太)

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