中東かわら版

№30 UAE:ムハンマド大統領の韓国・中国訪問、UAE・韓国間の自由貿易協定の締結

 ムハンマド大統領は2024年5月28~29日に韓国を、30~31日に中国をそれぞれ国賓訪問した。UAEの訪問団には、マズルーイー・エネルギー・インフラ相、ジャービル産業・先端技術相兼アブダビ国営石油会社(ADNOC)総裁、ムハンマド・ハサン・スワイディー投資相、アフマド・ジユーディー貿易担当国務相、ハルドゥーン・ムバーラク執行関係庁(EAA)長官兼政府系投資会社「ムバダラ」CEOといった、経済・エネルギー分野の主要人物が含まれていた。

 最初の訪問地の韓国で、ムハンマド大統領は28日に韓国の大手企業(サムスン電子、現代自動車、SKグループなど)のトップと会談し、先端技術やエネルギー分野での協力について話し合った。翌29日はユン大統領と会談し、防衛産業や経済・エネルギー面で関係を強化していく点を確認した。また両大統領の立ち合いの下、今後10年間にわたり両国間の約9割の輸入品に対する関税を撤廃する「包括的経済連携協定(CEPA)」の署名式が行われた。

 ムハンマド大統領の訪韓に際して、UAE・韓国間で19の協定及び覚書が結ばれた。特筆すべき取り決めは、以下の6点である。

  •  UAEと韓国が第三国の原子力発電所への共同投資を行う旨の覚書
  • ADNOC子会社がサムスン重工業とハンファ・オーシャンそれぞれに、LNG (液化天然ガス)船3~5隻の建造を発注する旨の意向合意書

  • UAE・韓国両外務省間のアフリカ諸国における協力促進に関する覚書
  • UAE産業・先端技術省と韓国産業通商資源部間での炭素回収・貯蔵(CCS)に関する覚書
  • ADNOC・韓国石油公社(KNOC)・GS エナジー・サムスンE&A間で、アブダビで韓国市場向け低炭素アンモニアの生産体制の構築に係る覚書

  • ADNOCと韓国化学企業「ヒョソン(Hyosung)」間で、LPG(液化石油ガス)物流・生産の協力に関する覚書

 

  次の訪問先の中国では、ムハンマド大統領は習国家主席や李首相、趙全人代常務委員会常務委員長それぞれと会談し、貿易やエネルギー、インフラ開発に加え、情報技術や人工知能(AI)、デジタル経済の分野でも協力を促進していく点を確認した。また、一帯一路構想や原子力エネルギー、UAEでの中国語教育などの協力に関する19の協定・覚書が署名された。その他、ムハンマド大統領は滞在中、中国・アラブ諸国協力フォーラム第10回閣僚級会議にも出席し、中国・アラブ諸国間の協力促進やガザ戦争などの地域情勢について協議した。

 

評価

 ムハンマド大統領による韓国・中国訪問の目的は、UAEにとって重要な原油輸出相手国である両国それぞれと二国間関係を強化することである。ムハンマド大統領は今年1月にも、同じく大口の原油輸出先であるインドを訪問し、モディ首相と友好関係を確認した。

 まず、UAE・韓国関係は、アブダビでの韓国製原発の建設や韓国軍のアブダビ駐留、UAEへの韓国製武器輸出など、エネルギー・防衛分野を軸に深化してきた。こうした信頼関係を土台に結ばれたCEPAは、韓国側に大きな経済メリットをもたす。UAEが韓国の主要輸出品である自動車や家電、農畜水産物などの関税を撤廃することで、韓国企業がUAE市場への参入機会を広げるとともに、UAEを貿易拠点としてアフリカや南アジア地域にも販路を拡大できるだろう。また、韓国に輸入されるUAE産原油への関税引き下げにより、韓国は原油を割安で仕入れて精製することで、国内外に相対的に安価な燃料を提供できる見通しだ。

 今般、UAE・韓国間の取り引きで注目すべき動向は、ADNOCが韓国企業にLNG船の造船を依頼した点である。ADNOCはUAE国内でLNG生産拡大を計画していることから、運搬に不可欠なLNG船の調達を進めていた。こうした動きに反応して、韓国は自国のLNG船の生産能力や技術力をUAE側にアピールすることで、他国に先行し、造船契約受注の道筋を作ったと言える。

 中東における韓国の積極的な経済外交の背景には、通貨安の原因となる経常赤字を縮小させる狙いがある。エネルギー資源に乏しい韓国は毎年、主力産業で稼いだ貴重な外貨を莫大な燃料調達費に浪費している。このため、潤沢な資金を持つ湾岸諸国に対し、韓国製品の輸入拡大や対韓国投資の増大を働きかけることで、経常収支の赤字幅を最大限減少させようとしている。

 次に、UAE・中国関係も経済・エネルギー分野を中心に発展し、両国間の貿易・投資は盛んである。アブダビのハリーファ港には、中国遠洋運輸(COSCO)の貨物ターミナル「CSPアブダビターミナル」が2018年に開設し、UAEは中国にとって重要な海運拠点の1つとなっている。

 中国は今後、UAEが推し進めるクリーンエネルギーの普及により一層貢献すると予想される。UAEが電力部門のクリーン化を目指す中、中国企業がUAEで大規模な太陽光発電所(アブダビのダフラ太陽光発電所やドバイのMBRソーラーパークなど)の建設を手掛けている。中国は太陽光パネルの世界生産の7〜8割を占め、国内でもハイペースで太陽光発電を導入しており、生産コストの低さと豊富な設置実績の面で、優位性を持っている。また、UAEが運輸部門の脱炭素化に向けて、電気自動車(EV)の普及を試みている点でも、EV搭載バッテリー市場で高いシェアを誇っている中国勢が存在感を徐々に強めていくだろう。

 このように、韓国や中国はUAEから一方的に原油を購入するだけでなく、自国産業の強みを活用しながら、UAE側の産業ニーズに応じることで、経済的利益の拡大を実現してきた。この先、韓国もしくは中国は、UAEが近年育成に注力しているAI産業の発展にも大きく寄与できれば、UAE指導部から更なる信頼を得ることができるだろう。

 

【参考】

「カタル:LNG船の建造プロジェクト、中国企業による大型船の造船受注」『中東かわら版』No.16。

「カタル:新造LNG船の運航契約、韓国企業による造船受注」『中東かわら版』No.4。

「GCC:韓国・国防相のUAE、サウジアラビア、カタル訪問」『中東かわら版』2023年度No.172。

「UAEのクリーンエネルギー政策と天然ガス産業の動向」『中東分析レポート』T23-13。※会員限定。

(主任研究員 高橋 雅英)

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