中東かわら版

№38 イラン:第14期大統領選挙の第1回投票結果が発表、決選投票へ

 2024年6月28日、イランで第14期大統領選挙の第1回投票が実施された。6月29日の内務省発表によれば、得票第1位はペゼシュキヤーン候補(元保健相;改革派)、第2位はジャリーリー候補(元国家最高安全保障評議会(SNSC)書記;保守強硬派)だった。投票率は、前回の48.8%を下回り、過去最低となる39.9%を記録した(注:内務省発表では40%だが、小数点第1位まで表記すると39.9%)。過半数に届く候補者はいなかったことから、両候補による決選投票が7月5日に行われることになる。

 今次選挙結果の概要は以下の通りである。

 

1.投票総数等

  • 有権者数:61,452,321人
  • 投票総数:24,535,185票
  • 投票率:39.9%

 

2.候補者別得票数一覧

候補名(カッコ内は役職・属性)

得票数

得票率

ペゼシュキヤーン候補(元保健相;改革派)

10,415,991票

42.5%

ジャリーリー候補(元SNSC書記;保守強硬派)

9,473,298票

38.6%

ガーリーバーフ候補(国会議長;保守強硬派)

3,383,340票

13.8%

プールムハンマディー候補(闘士聖職協会事務局長;保守強硬派)

206,397票

0.8%

無効票

1,056,159票

4.3%

(出所)内務省発表を元に筆者作成。

※注1:パーセンテージ表記は小数点第2位切り上げ。

※注2:ガージーザーデ・ハーシェミー候補(副大統領)は6月26日に、ザーカーニー候補(テヘラン市長)は27日にそれぞれ撤退を表明した。

 

評価

 今次選挙では、投票率が過去最低となった点が特徴的である。体制による事前の呼びかけにもかかわらず、投票率は40%を下回った。有権者の6割が事実上「ボイコット」した形であり、2022年9月に始まったヒジャーブ抗議デモへの暴力的な弾圧等を経て、国民による体制不信が深刻であることを物語っている。こうした中で、ロウハーニー元大統領やザリーフ元外相等からの支持を受けつつ、改革派のペゼシュキヤーン候補が得票第1位となったのは体制にとっては「想定外」だったかもしれない。同候補が第1回投票で支持を得た背景には、現体制下における経済状況の低迷、社会活動・言論・表現等の自由の制限、並びに、西側諸国との関係悪化等への失望があるだろう。

 保守強硬派のジャリーリー候補と、改革派のペゼシュキヤーン候補による一騎打ちとなる決選投票では、熾烈な争いが予想される。将来の見通しを予測することは困難と言わざるを得ないが、以下の理由から決選投票ではジャリーリー候補が優勢に転じる可能性が高い。

 第一に、ハーメネイー最高指導者が保守強硬派候補を支持する立場を示していることが挙げられる。6月25日のイード・アル=ガディール(預言者がアリーを後継者に指名したとされる日)に際する演説で、同指導者は「米国からの親切がなければ何もできない候補に国の運営はできない」と述べ、欧米諸国との関係改善を探る改革派候補を支持しない姿勢を仄めかした。決選投票において保守強硬派候補はジャリーリー一択となっており、体制が支持する岩盤支持層の票がジャリーリー候補に集まるとみられる。

 第二に、上記とも関連し、数字的に見て岩盤支持層の票数が多い点がある。第1回投票でガーリーバーフ候補、及び、プールムハンマディー候補に流れた票がジャリーリー候補に集結すれば、1300万票を越える計算となる。前回の2021年大統領選挙において、ライーシー候補(当時)の得票数はさらに多い約1800万票だった(詳しくは『中東かわら版』2021年度No.33参照)。これらの点からも、体制の動員できる票数は多い。

 第三に、反体制的な活動家らの中には「イラン体制は全く民主的でない」との理由で選挙自体へのボイコットを呼びかける動きがあり、ペゼシュキヤーン候補を支持する動きが盛り上がるかに疑問が残る点が挙げられる。Z世代と呼ばれる若者らの中には、第1回投票でボイコットを選択した者もいるとみられる。この点、注目ポイントの一つは、同世代が大挙して投票所に足を運ぶかどうかである。

 現在、イラン国内では経済制裁の強化に伴い財政状況は低迷しており、このまま保守強硬派候補が続投しても社会・経済状況は変わらないのではないかとの思いを持つ有権者も多いと考えられる。こうした考えを持つ人々の浮動票がペゼシュキヤーン候補に集結すれば、全体の形勢が大きく変わる可能性も排除されない。社会変革を求める大きなうねりが生まれ、投票率が大幅に上がる状況になれば、改革派に有利な状況となり、事態がどう展開するかはわからない。

 今後、仮にジャリーリー候補が決選投票で勝利した場合、全体的な政策方針はライーシー政権時代と大きく変わらないものと考えられる。欧米との対話から完全に足抜けすることはないとみられるが、経済制裁の解除がなされなくとも自活できるよう、中露を始めとする「東方重視」のアプローチ、そして拡大BRICS等を重視する外交の多角化路線を推し進めるだろう。

 その一方、仮にペゼシュキヤーン候補が勝利した場合、当面の焦点となる組閣段階から困難が予想される。憲法規定により、新大統領によって指名された各大臣は国会で信任を得る必要があるが、現在の国会は議席の3分の2以上が保守強硬派に占められているため(詳しくは『中東かわら版』2023年度No.179 参照)、行政府と立法府の間で「ねじれ」が生じることになる。組閣のみならず内政・経済・外交等のあらゆる場面で、大統領が打ち出す方針が政策としてスムーズに実行されない事態も想定される。

 最終結果がどうなろうとも、新大統領就任に伴うイラン対外政策の変化は、地域・国際的に大きな影響を有するため、両方のシナリオに備えることが重要である。

 

【参考情報】

「イラン:第14期大統領選挙実施前の国内情勢」『中東かわら版』No.36、2024年6月24日。

「イラン:第14期大統領選挙の最終候補者6名が発表」『中東かわら版』No.32、2024年6月10日。

「イラン:6月28日実施予定の大統領選挙に向けた立候補者登録受付が終了」『中東かわら版』No.29、2024年6月4日。

(研究主幹 青木 健太)

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