中東かわら版

№31 レバノン:アメリカ大使館への銃撃事件が発生

 2024年6月5日朝、ベイルートにあるアメリカ大使館に対する銃撃事件が発生し大使館の警備員1人が負傷した。レバノンの治安筋によると、襲撃犯は車両の運転手を含む4人でこのうち1人がレバノン軍との交戦の末負傷して逮捕された。容疑者はシリア人で、衣服やベストに「イスラーム国」の単独犯による攻撃であることを示す文言が書かれていた。レバノン当局は、同人の父親や兄弟、同人に影響を与えたとみられるモスクの説教師、襲撃の際に車を運転していたと思われる者らを拘束して取り調べている。

 アメリカ大使館は、襲撃による損害は警備員1人の負傷だけで、庁舎やほかの職員には被害がなかったことと、6日は業務を再開することを発表した。

評価

 襲撃犯が「イスラーム国」を想起させる姿をしていたとの情報があるものの、襲撃犯の身許・動機・事件の背景については多くの疑問が出ている。レバノンでの「イスラーム国」の活動は、2015年11月のベイルート南郊ダーヒヤ地区でシーア派の集団を自爆攻撃したとの「イスラーム国 レバノン」名義の声明が出回っている。しかし、その後の活動はほとんど見られず、2022年12月に複数の小集団が当時のカリフに忠誠を表明する画像を発表したことを最後に「イスラーム国 レバノン」の活動は途絶していた。

SNS上では逮捕された襲撃犯らしき人物が「IS」と記された弾倉入れベストを着用している画像が出回っている。しかし、「イスラーム国」の構成員や共鳴者・模倣者による襲撃の際には、襲撃現場で治安部隊などが襲撃犯を殺害するように仕向けるための爆弾ベスト(やその模造品)を着用した例があるものの、装備や服装などの外見から「イスラーム国」の構成員の犯行であると即断できるような共通の外見や行動様式があるとは限らないのが実情である。また、襲撃犯やその関係者複数が生きて逮捕・拘束されていることから、「イスラーム国」が本件について何らかの情報を発信するのは困難な状況である。レバノンではイスラーム過激派だけでなく、国内の政治勢力諸派、パレスチナの解放運動諸派、シリア人難民、イスラエル・イラン・シリアなどの工作機関の要員など、政治的な暴力の当事者となりうる集団が多数ある上、それらが行動を起こす動機や利害関係も多様であり、安易に実行者やその動機について憶測をめぐらすことはできない。むしろ、早い段階で「イスラーム国」が取りざたされたことにより、今般の銃撃の「真相を解明しない」力学が働いたようにも思われる。

(協力研究員 髙岡 豊)

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